羊毛と兼毫

1.命毛とは?

命毛(野毛)とは、筆毛の先端の尖ったところを指します。名称通りまさに筆にとって命と言えるものです。
筆は羊毛・馬毛などを用い、筆匠の技術によって、我々が書き易い形に整えられます。筆の購入時は水筆(固め筆)と捌(さば)き筆があります。ここでは命毛の形がわかりやすい水筆で説明しましょう。

筆の各部位名称

筆の名称説明

筆の名称説明

まず、鋒全体の形が美しいこと(図1)は当然ですが、筆の製作では中心に「芯」となる部分を作り、更に少しずつ短くした毛を数段に分けて組み合わせた後毛もみをして、全体の形を整えます。(図2)
この「芯」の部分が「命毛」となります。(図3)

穂先は大切に

このように一般には穂先と呼ばれる部分を指しますが、私は穂先の更にその先にある鋭く尖った毛先こそが真の命毛であると思っています。
大切に扱わねばすぐに擦り切れてしまう程、実に繊細そのものです。その繊細で鋭いがゆえに極めて細い線を引いても強く冴えた線を引くことができます。
命毛の確認が常に出来ていれば、穂先がどこを通っているのかもわかり、線の形や方向など迷いが無くなります。

また、筆は使用する人の取り扱い方で、その寿命に大きな違いが生じます。
命毛に無理な負担をかけない(硯や紙にこすりつけるなど)、更に使用後は毛筆に残る墨をきれいに洗い流して、きちんと穂先を整え(これだけで次回書き始めから使いよい)筆架等にかけるなど手入れを怠らないように心掛けるようにします。

命毛の残り

「使用している筆の命毛が残っているのか分からない」と質問を受けることがあります。
私なりの簡単な確認法として「小筆ならば紙に毛髪ほどの太さで20センチ以上引いてみて美しく書けるならば、まだ大丈夫かと思います。」と答えるようにしています。

線を引いてみて、太さが一定にならない、途中で切れる・よれる、二つに分かれてしまうなどであれば、命毛が無くなっている可能性が高いかと思われます。繊細で自在な運筆にかかせない命毛を意識して書作されてみてはいかかでしょう。

2.兼毫筆とは

兼毫筆について述べる前に、筆の良否の条件に触れておきます。
良い筆とは「尖・斉・円・健」の筆の四徳[高濂の「燕間清賞箋」論筆]で、

    1. 尖…(とがること)鋒先が尖ってまとまりが良い。
    2. 斉…(そろうこと)穂先を扁平にして一斉に揃っている。
    3. 円…(まるいこと)命毛・喉・腹・腰の各部がまとまりよく回転する。
    4. 健…(つよいこと)腰から鋒先までバランスよく弾力がある。

これら4つの条件が整っている筆がよいのです。

兼毫筆とは?

さて、今回のテーマの「兼毫筆」について説明していきます。筆は羊毛・馬毛を中心に多種の動物の毛などが用いられます。イタチ・狸・鹿・猫(玉毛)・兎(紫毫)・山馬(カモシカやトナカイの毛)等々。

ただし、それらは毛の長さに各々限界もあり、小筆などに用いられることが多いので、今回は太筆が作りやすい羊毛と馬毛の混合による兼毫筆で説明したいと思います。

羊毛と馬毛の兼毫筆全体

羊毛と馬毛の兼毫筆全体

羊毛と馬毛の兼毫筆サバキ先端

羊毛と馬毛の兼毫筆サバキ先端

各毛材の短所と長所

毛には各々性質・特徴 (長所・短所) があります。

羊毛はしなやかで墨含みが良く、豊かな表現に向きますが、その反面、初心者には弾力が弱く感じられて羊毛だけでは扱いがとても難しいものです。
逆に馬毛はバネの強さが抜群で厳しい線は割と簡単に引けますが、墨含みが悪く穂先のまとまりに難があります。
どちらの毛も筆に熟知していれば、却ってその特質を上手に使いこなすことができますが、初心者には性質の異なる数種類の毛の良いところを組み合わせた「兼毫筆」がやはり使い易いでしょう。

羊毛(柔)と馬毛(剛)などを混合して、ちょうど使いやすいバランスに仕上げられています。最近では一般程度の価格の筆には、更にナイロンを混ぜてバネを増しているようです。ナイロンと言えば驚きますが、よく改良されて墨含みも良いそうです。

筆を選ぶ際は、筆の形や大きさ・毛の特質など、自分が書こうとする作品に適したものを求めるとよいでしょう。

3.羊毛筆

現在、我々が手にするいろいろな筆記用具の中でも、毛筆は扱いにくいという点においては代表的なものであると言えます。
なぜでしょう?

運筆・用筆において速度や筆圧をほんの少し変えるだけで、あまりにも多様な線の表情が出てしまい、なかなかそれらを制御して思うように書くことができないのだと思われます。
筆が織りなす線の美しさは、毛の種類・長短・太細などによって、また、書き手の呼吸(リズム)や身体機能、更には意図する表現方法等々によって、表現力はどこまでも拡がります。

心惹かれる羊毛筆の世界

さて、今回お話しする羊毛筆は、各種筆の中でも群を抜いて柔らかい毛質です。
最良の羊毛で長々鋒ともなれば、余程使い慣れている人でなければ、腰の弾力が弱く感じられ、鋒も開かず、初心者にはどうにも扱いにくいものです。

しかし、熟達した人の手にかかれば、これ程心惹かれるものはありません。それ故、多様性に秀でることによる筆の扱いの難しさと反比例して、表現のおもしろさは際立っています。

羊毛とは羊ではなく山羊の毛

羊毛とは称しますが、実際は山(ヤ)羊(ギ)の毛で羊(ヒツジ)とは異ります。

日本では明治期に羊毛の原料が入ってきて、当時の書家達によって盛んに使われることになりました。
羊毛は、その生える部分によって、戦前は筆用の毛として32種に分類されていました(昭和45年の「筆料山羊毛」の目録では18種類に分けて紹介されている)。羊毛のうち、最も良い品は、細光鋒

細光鋒筆先

細光鋒筆先

・細長鋒・細直鋒と呼ばれる三種です。

上質の羊毛筆は毛質が良く、毛先が透明に近いアメ色をしています。柔らかで墨含みが良く、耐久性にも優れています。
長鋒などの筆の作りに、毛の長さを全て同じにし、毛先を全部打ち揃えた形(以前は中国・日本にも無かった作り)があるのも特徴の一つで、太く強い線條が表現できます。

羊毛筆は丁寧にいたわって使い込むことによって、筆の調子がより出てきます。兼毫筆で練習した後、技術が上達して条幅の書作を始めるようになったならば羊毛筆にチャレンジして、更にステップアップを図るといいでしょう。

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