第1回 福百体~いくつ知っていますか?

百福とは

古来より伝わる篆書体(てんしょたい)の「百福」を百種選び揮毫したものです。

縁起の良い書体

文字通りたくさんの「福」という意味で、古来から伝わる≪篆書体≫の福を選んで揮毫≪記号≫したもの、縁起物として広く大事にされてきました。

篆書体(てんしょたい)とは漢字の書体の一種で現在一般的に使われている漢字が発展してゆく過程でできた書体で中国の紀元前の王朝西周~秦の時代に公文書に使われていた書体です。

現在は印鑑の書体(印篆)、観賞用の書体として使われています。

≪百福≫というのはもともと中国の言葉で、中国では古くから≪百福図≫という漢字を100種類の字体で書いた掛け軸などを家に飾っておくと、特別な福がもたらされると信じられています。

百福は日本の新古今和歌集にも登場し、徳の源として百福としています。

新古今和歌集は鎌倉時代初期、後鳥羽上皇の勅命によって編纂された和歌集です。耽美的・情調的・絵画的・韻律的・象徴的・技巧的などの特徴が挙げられる和歌集です。
また仏教では百福を百福荘厳とします。

「百福」とは百思のことで初心とその成就との前後の五十思を合わせたものです

五十思とは不殺生などの十善業に、例えば離殺などの五つの思いがそれぞれあるとして50と数えたものです。
一々の相がそれぞれ初心の五十思とそれが成就満足した五十思の百思によって完成したとします。

作者は唐代の李陽氷(りようひょう)だといわれます

字少温、唐幻想開巌元の時生趙群の人。集賢院学士です。最も篆書に長じ、唐代第一の篆書の巨腕であったことは何人も異議はない人です。

中国の「福」の字について知っておきたいこと

赤い「福」の文字が壁に貼られているのを見たことがある方も多いのではないでしょうか。

福が逆さまに書かれる理由

中国語で「福」が到来するというのは、福到(fudaoと発音)と言います。
到(daoと発音)には到来するとか、行く、くる、達するなどの意味があり、さらに発音が同じ倒≪dao)という言葉もあります。
これは「逆さま」もしくは「反対」という意味で、つまり中国ではこの意味と読みをかけて、「福」という文字を反対にすれば福が訪れるというように信じられているのです。

福の字を成り立ちから考えてみる

「福」の漢字の成り立ちについて偏(へん)は、示偏ですが、「示」は神様の祭壇の形を表しているのだそうです。また、旁(つくり)の部分は、物が沢山入っている倉の形を表しているそうです。

つまり、「福」という漢字は、神様からの恵みが沢山もらえることを意味しているのです。笑う門には福来たる、とはこういうところから来ているのですね。

「百福」というのはもともと中国の言葉で、文字通り「たくさんの福」というような意味です。中国では古くから「百福図」というのがあって、「福」という字を100種類の字体で書いた掛け軸などを家に飾っておくと、特別な福がもたらされると信じられています。
現代の中国でも「百福」という名称は縁起の良い名前ということで、飲食店などに多く使われています。引用 『オフィス百福HP』

漢字の歴史を知ろう

私たちが普段何気なく書いている漢字についてその歴史を学んでみましょう

漢字の発明者「殷王朝」と普及者「周王朝」

漢字が生まれたのは、今から3300年前(約紀元前1300年)の中国、「殷王朝」によって発明された甲骨文字です。
その漢字は、今とは全く異なる使い方をされていました。

「殷」では、穀物の豊穣を願う雨乞いから祭りや戦の時期まで、あらゆることを文字を刻んだ亀の甲羅や獣の骨のひび割れで占いました。これが象形文字を起源とする「甲骨文字」で、神との対話のために生まれたのが漢字だったのです。

漢字の革命

殷から周への王朝交代を生んだ古代最大の天下分け目の激戦で、「殷」との戦いに勝利した新しい王朝「周」は、神との交信のためだった漢字を、他部族との契約に使うという発想の大転換をしました。話し言葉の違う部族でも見れば意味を理解し、意思疎通ができる憑依文字である漢字は、瞬く間に浸透していきました。

漢字の始まりと革命

The beginning of the Chinese characters and Revolution

Changes in Chinese characters

晋代以降の書法では、草書、楷書、行書が生まれて急速に発達

行書は草書と楷書の中間字体であり、篆書、隷書の速記速度の遅さと草書の判読しにくさを解決するために作られました。時代によって楷書を草書化し、草書を楷書化した文字もあります。

楷書、行書、草書が文中に含まれる比率で呼び名がついていました

楷書が草書より多く含まれるものは「行楷」、草書が楷書より多く含まれるものは「行草」と言われていました。

行書は漢代末期にはまだ広く使用されておらず、晋代に王羲之が登場すると初めて流行し始めました。行書は王羲之の手で実用性と芸術性が見事に融合され、後世に名の残る南派の行書芸術が生まれて書法史で最も影響のある宗派となってきました。

福百体

いくつ読めるかな? 「福百体字」

Fuku-hundred-Font

※時代考証的にも種々の字体がありますが、ここでは甲骨文字から。
(右上から下へ→順次左に)
(残り50字は9月2週目に掲載いたします。)

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